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「ししゃも」というと、
スーパーで298円のパック詰めの魚とか、
大衆居酒屋で定番メニューの大衆魚、
などのイメージがまず浮かぶのではなかろうか。
ところがこの「ししゃも」、
北海道の太平洋側にしか生息しない日本固有の希少な魚で、
今、全国で市販されている「ししゃも」の約90%は「ししゃも」ではない。
実はスーパーや大衆居酒屋の「ししゃも」は輸入物なのだ。
「キャペリン」(標準和名:カラフトシシャモ)という魚で、
学術的にも生態的にも「ししゃも」とは似て非なる魚だ。
(「ししゃも」はサケ目キュウリウオ科シシャモ属、
「キャペリン」はキュウリウオ科カラフトシシャモ属)
では味はどうなのか?
ここが「DUO'S BAR」としては非常に気になるところだ。
というわけで「食の考察 その20」、
「キャペリン」と「ししゃも」の違いや如何に !?
写真の左側のやや黒っぽいのは「ししゃも」のオス。
右側がメスで、いわゆる「子持ししゃも」というやつだ。
「キャペリン」はメスしか流通しないようだが、
「ししゃも」はオスも普通に見かけられる。
何故か?
これは食べてみるとわかるのだが、
魚の風味がオスのほうが強いのだ。
魚卵メインのメスよりも魚の味を楽しめる。
「ししゃも」という魚の味を知ろうと思ったらオスを食べるべきだ。
だが「キャペリン」と比べてどうだ?と聞かれると・・・
おそらく、
地元で獲れたてを食べればその違いがはっきりとわかるのだろう。
しかし遠く離れた地方では、
条件的に「キャペリン」と五十歩百歩なのではなかろうか。
確かに風味は「ししゃも」の方がいくらか良い。
しかし「キャペリン」との価格の差ほどの違いがあるとは思えない。
それは味の違いというより、
「深刻な海洋汚染の心配がない近海の魚」
という安心代なのかもしれない。
● 「ししゃも」
◇味 ★★★
◇話題性 ★★★
今日、昼頃の天気。
見上げれば青空だ。
1月終盤の山陰地方の平野部に積雪はない。
山間部も例年に比べかなり少ないようだ。
この暖冬傾向は全国的に同じ状況のようだが、
マスコミをはじめ誰もがこの暖冬を語るとき、
お題目のように「地球温暖化」という言葉を使う。
だが果たして現実はどうなのか?
実は専門的に研究している人たち、
あるいはグループの中にも、
「地球温暖化」には賛否両論あるらしい。
どの人たち、どのグループも実に説得力ある主張を繰り広げるが、
どの主張もこれこそが100%正しいと言えるものは存在しない。
何故ならどの説にしろ、
過去のデータから未来を予測したものに過ぎないからだ。
では何故、今「地球温暖化」なのか?
それは、
その説を利用しようとする社会的な背景があるからだ。
おそらくマスコミはそれを承知で、
「地球温暖化」というプロパガンダを掲げているのだろう。
「正しい」とか「間違い」という問題ではない。
そういう考え方があるというという事実だ。
いろいろなところに社会的な、
あるいは政治的な意図が見え隠れする。
私たちはまず、
「流されない」ということを考えるべきかもしれない。
去年の暮れに過って倒してしまい、
竿先を折ってしまった竿が気になっていた。
安物の竿だがとても愛着があるのだ。
今日は少しばかり時間ができたので竿先の修理をした。
トップガイドの中に残っていた竿先の破片を取り除き、
竿先を少々サンドペーパーで削る。
削った竿先がトップガイドに嵌れば、
瞬間接着剤で接着して終わり。
こうやって書いてしまえばたった4行のことだ。
しかし、ものぐさな私は、
エンジンがかかるまでに30行分くらいの労力を要する。
それくらいかけなければ「Craftsman」に変身できないのだ。
「へー んー しん、 トオーッ !!!! 」
サッサッサとやって、
ビヨ~~ンと跳んで「変身できました」というわけにはいかない。
自慢じゃないが、私は不器用なのだ。
「僕は、みんなをゆっくりと見回した。
どいつもこいつも不敵な面構えをしていた。
僕は正直な気持ちを、口にした。
『愛してるぞ』
みんながいっせいに立ち上がった。
世界が、僕達の世界が、正常に機能し始めた。」
― 異教徒たちの踊り ― 金城一紀 著
2度目だがやはり面白い。
肩の凝らない内容が今の心境にはありがたい。
いい大人が「少年ジャンプ」や「少年マガジン」を読んで喜んでいるような、
そんな面映さを感じないではないが、
そういう小説がありがたいと思うときがあるものだ。
ただ、時々考えることがある。
よくある問題だが、
もしも無人島に行くことになって、
本を1冊だけ持っていくことができると言われたら・・・
さて、何を持って行くか?
金城一紀は面白いが、
とてもじゃないが無人島に渡った後の残りの人生に匹敵するとは思えない。
では、何を?
今のところ思いつくのはこの1冊。
― 草枕 ― 夏目漱石 著
ひょっとするとメバルくらいはいるかもしれない。
あまりアテにはしていなかったが、
「少々ガス抜きが必要」という自己診断。
冷たい風が吹くなか、
メバルやカサゴが付いていそうな岸壁にロッドを持って立った。
2投、3投・・・
何も追ってこない。
こっちか?
移動しようとした時、
どこからか聞こえてくる声。
「この時期、
アンタの手に負えるような魚は、ここには居らんデ」
「えッ !? 今の声は君?」
「・・・」
だよな。
ありえんよな。
きっと私の内なる声だ。
その時、
バシャッ !!!!! っと何かが水面を割る大きな音。
「!」 っと音がした方を見ると、
なるほどその大きさが窺えるような大きな波紋が幾重にも。
息を殺して水面を見つめた。
ロッドを握る手に力が入る。
ほんの3~4秒のことだろうがその何倍にも感じられる。
ほどなく何かの黒い影が水面に近づいて・・・
ザバッ !!!!!
浮上してきたのはマヌケな顔。
大きなクチバシの水鳥だった。
あっけに取られた私と目が合うと水鳥、
「ここには魚はいやせんぜ、ダンナ ! 」
言いはしなかったが、
確かにそういう目だった。
哀れむような、諭すような、
そんな目だ。
「そうか、いないか・・・ ご苦労 ! 」
もう、逃げるように撤収したduoです。
きっかけが無いわけではないが、
何かに駆り立てられるようにではなく、
決して燃え上がるような気持ちでもなく、
静かに、
緩やかにギターの練習を再開した。
昨日、今日と1時間ずつほどか・・・
今までも少しずつギターに触れてはいたのだが、
あまり役に立っていなかったようだ。
人さし指、中指、薬指の指先が物凄く痛む。
それでもこの痛みを克服しないと練習にならないので、
「ガァーッ !!!!」っと雄叫びを上げながら、
「ウウウウーッ !!!」っと悶えながら練習を続けている。
この痛みに悩まされることがなくなった頃、
私の指先は硬く硬く生まれ変わっている。
20歳代の頃、
寝ても覚めてもギターを弾いていた頃のことだ。
私の指先はある意味凶器と化していた。
今までの最高記録は、
積み上げた瓦3枚を中指1本で割ったことがある。
嘘だ。
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