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3月1日の渓流の解禁に盛りあがった人も多いことだろう。
胸に情熱の熱い塊を持つ人は前夜から山に入り、
目指すポイントの近くでロッドを握りしめ車中泊を決め込んだに違いない。
さて翌3月2日の私はと言えば、
天気はまだ確認してないが久しぶりの休み、
やはり例え短時間だろうとサーフに居たいと思う。
長い長い海岸線を何にも煩わされることなくゆっくりと撃ち歩く・・・
考えただけでも心が開放されるようだ。
ちなみに去年の3月の第一日曜もサーフを釣り歩いたのだが、
この日の鳥取の最高気温は21℃まで上がっている。
春を通り越して初夏を思わせる休日だったようだが、
今年はどうもそれを望むべくもない。
まあ人気の無いであろうサーフはきっと”貸切状態”。
それだけが救いだし、またそれこそが大切なことだ。
2月3日の釣行を前にいろいろとシミュレーションをしてみるのだが、
普段やっている釣りとは様子が異るらしく考えてもわからないことばかりだ。
それでも、エサは何を・・・ハリスは何号を・・・タナは?
エサ取りはいないだろうからオモリはこのくらいか・・・
などとややもすれば埒も明かないことを考えている。
釣行前のシミュレーションから「釣り」は始まっているので、
楽しいには楽しいのだがこれが結構疲れたりする。
そして普段如何に頭を使っていないかという事実をまざまざと思い知らされ、
これで少しばかり凹んだりもするのだ。
更にシミュレーションが高じてくると、
「あまりに大漁だと困るなあ、
あそことあそことあそこに配って・・・あっ、あそこも、
そうそう、あそこにも届けておくか?」なんてことになってしまい、
帰りの道中、現実の厳しさにひしがれるのが毎度のパターンだ(^^;。
写真は数年前に作ったduo自作の棒ウキ。
当時使用してみた感想は、
ウキにとって命ともいえる「感度」においてウキの機能を果たしていない。
ただ自分で言うのもいささかアレなのだが、
仕上がりが実に見事で素人の域を遥かに超えているのでは?
・・・と自画自賛の権化のようなウキなのだ(^^;。
3日はこのウキを使ってみるか・・・
それとも実績のある釣具を使用して釣果を優先させるべきか・・・
いや、やはり「自作のウキ」という自己満足か・・・
●「ワカサギ」 【サケ目キュウリウオ科ワカサギ属】
氷上のワカサギ釣りはあまりに有名。
冬の風物詩として捉えられている地方も多い。
ここ山陰地方では「アマサギ」と呼ばれる。
さすがに冷たい雨の中、釣り人の数は少ない。
しばらく見ていたが思い出したように釣れるばかりで、
数・形ともに昔のように良い思いはできないのかもしれない。
とは言っても釣りものの少ない寒のこのシーズンには貴重な魚だ。
小さい魚なので調理には骨が折れるが、
天ぷらや唐揚げの揚げたての熱々をつまむのは何とも良いものだ。
お上さんに「ワカサギ、釣って来ようか?」と聞けば、
「いらない」とにべもない返事。
その気持ちがわかるだけに私も深くは突っ込まない。
どういうことかと言うと、
これは釣り人には周知のことなのだが、
ワカサギ釣りのエサに用いられる「紅サシ」や「白サシ」と呼ばれる「サシ虫」は、
実は金バエの仲間の幼虫、つまり蛆虫なのだ。
(もちろん清潔なエサを与えて養殖してあるので衛生面に問題はない・・・と思う)
これを私が教えて以来、
お上さんの中でワカサギは調理の対象魚ではなくなった。
まあ、食べたければお前が自分で調理しろよって話なのだが・・・(^^;
教訓、
覆水は決して盆には返らない。
1月6日は二十四節気の一つ、「小寒」。
早朝の最低気温は放射冷却現象のため氷点下となったが、
日中は「小寒」とは思えぬうららかな釣り日和。
「今年1年を占う釣り始めは?」などという気負いは更々なく、
暮れからずっと続いている精神的にも物理的にも煩わしい諸々、
決してネガティブなものばかりではないがとにかく雑多な諸々、
それらをしばし忘れたく―――――――――――――ッ!!!!!
ということで久々の釣行。
かなり離れた東側の沖に2~3人のサーファーが見える。
他には時々散歩の人が通りがかるだけという静かなサーフ。
時おり冷たい西風が頬を刺し砂を巻き上げて行くが、
柔らかな日差しに緊張の糸のテンションは目に見えるほどに緩む。
煩わしい諸々が浮かんでは消えていくが、
今この時ばかりは煩わしさなど露ほども感じない些事に成り下がっている。
1時間後には日常生活に戻るためにスイッチを切り替えるのだが・・・
あることで必要に迫られ格安で購入したバッグは、
知る人ぞ知る「Barbour (バブアー) Cartridge Bag」。
本来はハンティングの時に銃弾(Cartridge)を入れておくバッグだったのだが、
今では「Barbour」と言えばフライフィッシャーマン御用達という感がある。
冒頭の「あることで・・・」はどんなバッグでも良かったのだが、
いったんフィッシングバッグが頭に浮かんでしまっては、
もう他のバッグに検討の余地を見出すことはできなかった。
実は私にとってフライフィッシングというのは禁断の釣りなのだ。
遠巻きにして「そういう釣りがあるのは知ってるよ」くらいにして、
できれば見て見ぬ振りをして通り過ぎたい釣りなのだ。
というのも私の性格からして、
私自身を分析するにこの世界は非常に危険だ。
極彩色のネオンが光り輝き、
おいでおいでと甘美な声で囁きかける蟻地獄なのだ。
一度その世界に足を踏み入れたならば、
・・・・・・・・・・・・・・・・・きっと私は溺れる。
わかっていたつもりなのに、
ついぞ気にもしない全く係わりのないジャンルから、
まさか「Barbour」に出会うことになろうとは・・・
霜月最後の日はうららかな小春日和。
最高気温は16℃まで上がった。
一方明け方の最低気温は放射冷却現象の影響か、
冷たさが痛さに変わるような3℃という強烈な寒さだった。
夜明け前の寒さの中ひたすら竿を振るが、
あまりの手足の冷たさにしばし休憩。
両手はポケットに忍ばせた使い捨てカイロを握りしめて空を見上げれば、
冴え々とした夜空に七分ほどの月と無数の星々。
天頂近くに北斗七星。
オリオン座が西の空に低く傾いて、
あそこに一際明るいのはカペラだろうか・・・
悲しいかな、
あまりの寒さに既に気を削がれてしまっているのだ。
残すところ今年もあとひと月。
早朝の釣行はあと何度出られるだろうか。
※ 「霜天」・・・霜のおりた冬の(夜、また暁の)空。
11月11日の釣行。
このスランプはちょっとばかり厭世的になっているようで、
車に乗り考えたのはひと気のないサーフはどこかということ。
そもそもこの考え方が悪循環に拍車を加えるのだが、
わかってはいてもどうしてもこういう選択をしてしまう時がある。
結局向かったのは山から即海に繋がる小さなサーフ。
やはりひと気はない。
何投したころだろう。
背中に何かの気配を感じたのか、
何気なく振り返って私は息を呑んだ。
何と私の背後を大きなサルが悠々と歩いている(ホントにデケーの)。
私に注意を払う気配は全くなく、
ただただ極々普通に通りがかっただけという風情。
「・・・(汗)」
その後はもうボロボロ。
「カサッ」と音がしたと思えば振り返る。
何か影が横切ったように感じて振り返る。
声が聞こえたような気がして振り返る。
「!」何もないけど振り返る。
少しも釣りに集中できないのだ。
かくして私のスランプはまだまだ続くのであった。
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